医師と患者の関係は、父と子の関係に例えられてきました。「何事も私に任せておけば大丈夫。細かいことは聞きなさんな」「よらしむべし、知らしむべからず」というパターナリズム(父権主義)がまかり通ってきました。
パターナリズムをインフォームドコンセント視点に立って、もう少し深く考えてみましょう。 現在、多くの国ではインフォームドコンセントという考え方が医療の場で用いられています。このことは、患者の権利意識の向上と、QOL(生きるに値する生活の質)の自己決定重視という流れに医療川も対処しなければ信頼は生まれない時代の特徴があらわれています。
しかし、現場の医師からは、患者の不満に対し、時間をかけて説明しても医療報酬に反映されないと制度の不備を強調したり、インフォームドコンセントの先進地であるアメリカと自国との文化社会的状況の違いを力説する人もいます。
たしかに、そのような考え方はあるかもしれません。しかし、多くの患者に対し、多くの専門知識を持つ医師は、その情報をつたえなくてはいけないのではないのです。というのも、病気は患者が自分の病状を的確に、深く知り、自主的に治療に参加しなければ直らないからです。日本には、そのことを歌う次のようなことわざがあります。
「病は気から」
日本の新聞社、朝日新聞のインタビューに応じた舟谷文男・産業医科大学医学部教授(医療科学)は「有り余る専門知識を持つ医師は、その情報を素人である患者にきちんと伝え、いわば教育者にならなければならない。だが実際は、古いパターナリズム(父権的温情主義)で、診察してやった、手術してやったというだけの医師が少なくない」と語ります。
臓器移植や体外受精、遺伝子治療など医療技術が急速に進むにつれて、これでは患者の人権が守れないことがはっきりしてきました。家庭の中と同様に医療でもパターナリズムが崩壊し、インフォームド・コンセントがとって代わりつつあります。
現在、患者側にも賢い患者になることが求められているのです。
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