生命倫理学は、従来の倫理学の枠を超えて学際的なものを目指す学問でありますが、やはりその基礎にあるものを説明せねばならないでしょう。もちろん、それは、倫理学です。倫理学とはどういうものなのでしょうか。簡単に説明すると、倫理学とは「人間はどのように生きるべきか」ということを考える学問です。ドイツ観念論哲学の代表者ヘーゲルは、「あの殺人犯は、美男だ」と言えないところに常識の一面性があると指摘します。常識は、殺人犯に善と悪の二つの形容しか用意していないと皮肉っているのです。善と悪というのは、物事への評価の一面に過ぎないのであるのです。京都大学教授加藤尚武氏は、こういう例を用いていてそのことを説明しています。
自分の肝臓を切り取って自分の子供に移植した母親について、ある人は「これ以上純粋な自己犠牲はない」と誉めたが、ある人は「わが子かわいさのエゴイズムで、子供が移植を本当に望むかどうか分からない」と言った。もしかしたら、これらはすべて正しい。悪人の中にすら人間的価値がある場合があり、逆に母の愛の中にすらエゴイズムがひそんでいるかもしれない。「治療行為なのだから健康保険を適用すべきだ」とか、「あれは親のエゴイズムだから、法的に許容すべきではない」とか言われて、それが法的な判断に関連してきた時、初めて具体的に解決を要する課題が生まれる。
加藤尚武『現代倫理学入門』 講談社学術文庫
倫理学とは、このように、「して良いこと」と「して悪いこと」の違いを明らかにする学問なのです。
はじめ倫理学は、哲学の一部でした。哲学とは、人間の周りのすべてのことについて考える学問である。本来は、つまり宇宙論、論理学、そして倫理学と幅広いものであったのです。しかし、数学的近代化また科学の発達により、それらの問題はどんどん専門家していき分かれていき、そして、哲学は人間の内なる問題に主眼が置かれるようになり、現在では哲学の中で倫理学の比重が高くなったのです。
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