バイオエシックスという言葉をはじめて用いたのは、V=R=ポッター(Van
Rensselaer Potter)という人です。ポッターは、もともとガンの研究者でありましたが、環境問題にも深い関心を抱いていました。彼は、人口増加や天然資源の浪費などによって地球環境また生態系が危機に瀕していて、このままでは人類が滅亡しかねないと考えました。この危機を回避するには、生物学の知識を基盤に据えた上で、社会科学や人文科学をも含んだ諸科学の成果を結集し、「行動の指針としての英知」を急いで築かなければいけないと考えたのです。それをポッターは「Bioethics」と読んだのでありました。すなわち、彼にとってのBioethicsとは、地球環境の危機の克服と人間の絶滅を防ぐ科学(the
science of survival)であったのです。
しかし、1978年にケネディー研究所ライク氏他が編集した『バイオエシックス百科事典』には、バイオエシックスの定義を「バイオエシックスと言う用語は、ギリシア語に語源をもつバイオ(bios=生命)とエシックス(ethics=倫理)の複合語として生まれた新しい英語であり、生命科学の研究者や医療関係者の態度や行為について、道徳的価値観や原則に照らして学際的に論じ研究する系統的学問である」としました。よって、現在では当初のポッターの考えとは、異なって理解されるようになったのです。
さて、バイオエシックスという言葉が、どのようにして現在のような医療倫理学的研究を指す言葉になっていったのでしょうか。
バイオエシックスは、現在、臓器移植、クローン、体外受精など先端医療に関わるだけの議論のように思われているようでありますが、日常の診察や問診治療の現場、薬への説明、告知の問題また人間の生命にかかわる環境問題も重要な研究課題として理解されるべきであります。 ギリシア時代からの医師の心得として語り継がれてきた、「ヒポクラテスの誓い」を尊重して、医師は、患者の為に自分が最善だと信じる医療を献身的に施すことが、医師としてとるべき態度であると、長い間語り継がれてきました。 もちろん、この考えはすばらしく重要なことでありますが、このことは患者が医者に従順であることを求めるのであります。その結果、患者が治療の内容を知らなかったり、投与されている薬が何の為のものであるのか、または、その危険性についても何ら説明を医者から受けないまま診療が進められることが、多くなってしまったのでした。この、方向が変わったのが1960年代です。
1960年代キューバー危機も少しずつ落ち着き出したころの安定期アメリカでは、黒人への人種差別が横行していました。バスの中では、白人が前の席、黒人が後ろの席に座らなくてはいけなかったりしたのでした。その差別に対する運動が公民権運動です。その運動の流れが、その後1970年代の消費者運動、フェミニズム運動に影響を与え、またこれらの運動は、患者の意思を反映していなかったそれまでの医療に鋭く切り込んでいったのです。つまりバイオエシックスが学問として発展するために、これらの運動から発展していった政治的、社会的な背景がが強く作用していたのです。
このような流れによりバイオエシックスが発展する中で、もともとは環境倫理学的立場から提唱されたことが忘れ去られてしまいました。しかし、現在ではケネディー研究所流のバイオエシックス理解も、発案者であるポッターの功績を評価し、その両面を取り上げ、より包括的、ホリスティックな学問体系を作り上げています。
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