
ヒトゲノム計画が完了し、ヒトの遺伝子の配列や役割がすべて明らかになれば、医学やバイオ技術、生命科学など各分野は飛躍的な進歩を遂げるだろう。しかしそれと同時に さまざまな問題が生じてくることも必至である。このページでは、ヒトゲノム計画によって生じる倫理的問題をいくつか紹介していく。あなたはこれらの問題についてどのように感じるか?
ヒトゲノム計画が完了すれば、個人のゲノムデータが使われる日もそう遠くはないだろう。個人のゲノムデータを調べられるようになれば、病気の予防や治療に 大きな効果をもたらす反面、データの管理上の問題も浮かび上がってくる。果たして個人の遺伝情報は、誰でも自由に知ることができてよいのだろうか。特に保険会社や就職 先、結婚の相手、裁判所、学校・軍隊に入る際、判断の一基準としてしまってもよいのかどうかが問われる。本人の意思ではどうにもならない、このゲノムというヒトの元と なっている情報を判断基準にしてしまうことは、不必要な差別、偏見を生み出す事にはならないだろうか。また、ゲノム情報にはどれだけ人々への影響力があるのだろうか。
またそもそも遺伝情報は差別や偏見を起こすほど影響力の高いものなのだろうか。個人のゲノムデータがわかるようになれば、その人が潜伏的に持っている病気や欠陥遺伝子が明らかになる。果たしてこれはその人に知らされるべきものなのだろうか。そ もそも調べるべきことなのだろうか。さらにこの技術を使えば出産前診断も可能となる。親は、子がすでに病気を保持、または欠陥遺伝子を持っているとわかったとき、子を 生まずに中絶してしまってもよいのだろうか。この検査は実施されるべき、または全員にやられるべきものなのか。すでにこれは可能となっており、各国により対応はさまざ まである。しかしまだはっきりとした位置付けがないのが現状である。今後の規制が注目される。
技術が発展すればやがて出産前診断どころではなく、自分の子供のあらゆる特徴を決めることも可能になるかもしれない。性別にはじまり肌や髪の毛や目の色、身長、体重 、賢さや運動神経のよさ、そして病気や障害を持たない子である。これがデザイナーベビーであるが、実際にこれは行われるべきなのだろうか。我が子を大切にする親の気持ちはどこも同じだろうが、ここまでする必要はあるのだろうか。
各医薬品会社は、自社で明らかにしたDNA の配列に対して特許を申請している。これはその部分の遺伝子の役割が不明のまま、とりあえずDNA の一部の塩基配列に対して特許を取ってしまおうというものであった。f各医薬品会社では特許をとり利益を独占しようと必死である。結局特許は認められなかったものの、実際インスリンやインターフェロンなど、遺伝子の塩基配列、機能すべてが明らかになっている遺伝子に対しては特許が出ていることも事実で ある。果たして私たちヒトが皆持つ遺伝子の配列に対して特許は本当に出されるべきなのだろうか。今後国際的な検討が必要となってくるだろう。
もう一つはプライバシーの問題である。ゲノム解読の時間がどんどん短縮され、個人のDNA 情報が調べれるような時代はやがて訪れるだろう。この個人データは病気の治療や予防に役立つ反面、差別のもととなったり悪用されかねない。ゲノムを調べることによって 、その人が潜在的に持っている病気や遺伝子の欠落が明らかになってしまう。研究が進めばそれ以上のことまでもがわかるようになるかもしれない。これが就職や結婚の際な ど社会的な面での審査の対象となったり個人データを悪用、乱用した犯罪も現れるかもしれない。個人のゲノムデータの管理の問題は重要なポイントとなってくるだろう。このようにゲノムも解読にはたくさんのプラス面もあると同時にマイナス面もある。大切なのは一人一人の理解と責任であり、ゲノムのデータを正しいことに利用していくことではないだろうか。