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初めまして
投稿日 4月21日(月)01時43分 投稿者 村松 俊幸 [] 削除

 初めまして。今まで僕は・・・・・・・・・・


はじめまして。
投稿日 4月16日(水)23時31分 投稿者 南水 七 [] 削除

こんにちわ。ここには、初めてきました。 いま、学校でクローン羊についてしらべています。〈公民の授業で・・。〉 クローンの存在はすごいと思いますが、私はあまり必要のないことのようなきがします。 ここのサイトには、調べ学習に大変お世話になりました。 ありがとうございました。


クローンの次にくる者
投稿日 11月6日(水)07時28分 投稿者 ゴードン [] 削除

クローンって、なんだが、 最近は、時代おくれのような気がする。 この次は、同じ肉体の寿命を延ばす 超延命手術なるものが、開発されよう。 これも例によって猛反対に合うんだろうな。


アンケートに答えて下さい
投稿日 10月24日(木)01時58分 投稿者 三高生 [] 削除

僕は三本松高校の生徒で、クローン技術について調べています。もしクローン人間が生まれたとしたら、どういった問題が発生すると思いますか?また、日本の法律はクローン人間に人権を与えると思いますか?そして、与えるとしたら、どのような人権だと思いますか?
それと、クローン技術は人類にどのような恩恵を与えると思いますか?
ご協力お願いします。


クローンの現状と正しい認識
投稿日 10月7日(月)22時51分 投稿者 Tommy [] 削除

こんにちは、黒鶴童子さん。ここは、私も含めて一般の人(たぶん)の、現在から未来まで時間的一貫性のない様々(人それぞれ)な視点で見た個人的な主張、希望的観測や憶測であふれています。それを参考にするのが悪いとは言いませんが(誰が良いとか悪いとかではありません)、まず事実を、少なくともこの日本における法的あるいは技術的現状をしっかりと認識することも大切だと思います(例//下記URL参照)。どのような主旨で又どのようなレベルでクローンを論文にされるのかは判りませんが、様々な事実認識の上であなたの考るこの技術の将来を語るべきだと思います。それと、理屈を抜けば私もあなたの気持ちと同じです。多分それが正しいと私は思います。 http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/seimei/main.htm http://www.jsfs.or.jp/funin/guideline/saishin.html#20010330 これらは、日本だけでなく世界的な流れです。もちろん御上の言うことが何時も全て正しいとは言いませんが。


クローン
投稿日 10月5日(土)10時03分 投稿者 黒鶴童子 [] 削除

こんにちは。今論文を書くためにクローンについて調べています。今までは単純にクローンは良くないと思っていたんですけど、調べれば調べるほど関心が出てきました。NNさんのおっしゃるようにクローンを臓器などに利用するのはありかもしれないと思います。けど今現在、クローンについての法律が定められているわけでもないので正直まだクローンは有るべきなのか、無いべきなのかはっきりとは分かりません。生き物の「いのち」は人工的に作られてしまって良いのでしょうか?私は今も、これからもそうであっては欲しくありません。もし人のクローンが作られたら...と考えたら恐いです。


中止になるかも。
投稿日 9月29日(日)05時56分 投稿者 ゴードン [] 削除

クローン人間も技術的になにか、 障害というか、困難な所があって それは今の科学では、解決できそうになく、 先に見送られたら、なんか寂しいですね。


>蓋を開けてみよう。
投稿日 9月27日(金)05時29分 投稿者 NN [] 削除

やってみれば分かるってことでしょうか? クローン人間が生まれ、成長して数が増えて、社会に溶け込んで、データが集まり、いざ、「クローンを作ることはどうなのか?」ということに対する答えが出たとこで、何も意味しないような気がするんですが。私の意見では、臓器クローンは「あり」です。確実に医療を充実させると思います。需要とそれに対する社会の認知度も高いと思います。それは、クローンの目的があくまで臓器であり、複製は元の人間の役にたつことを最終目的とするからです。それはひとつの個人が生きる手段として認められてもおかしくないと思います。是非の判断が難しいのは、医療目的でないクローンの利用だと思います。美容目的や犯罪目的、死んだものの再生などがあたるとおもいます。これは私の価値観が大きくでしゃばってしまうかもしれませんが、クローンの利用は生命倫理の議論なくして行われるべきではありません。実際にクローンが社会でどういう役割をなすかといったたぐいのレベルの、単なる実質的な影響調査などで無く、クローンの利用の方法によって起こる、大きな定義の変化が長い目で見て人をどう変えるかということもとても大事なことだと思います。都合のよすぎる生命の操作は、生命の尊厳にかかわる事です。私的な意見かもしれませんが、生命はいかにあるべきか、クローンはそれに対してどのような意味を持つか。これが私がぜひ議論を進めたいと思うことです。そしてこれは何世代にも渡る議論を続け、トレンドに惑わされない中、意義、実益など細かく行き届いた技術に対する人々の理解の下、社会全体の決断として確立されるまでつづけることが望ましい議論だと思います。技術は暴走することも少なからずあります。私はすべてのクローンの利用を、十二分な議論の後に行うべきだと考えます。クローン技術は軍事方面にも十分利用可能です。クローン人間をただのバイオ兵器にしたてあげることも可能ですし、そのために都合よく生産することもできます。国際的な利用方法の管理統一、ライン引きがなければ暴走するでしょうし、クローンのアイデンティティがあやふやになってしまいます。話がすこし、クローンという課題からそれますが、医療、軍事、目的はなんであれ、生命を創造、操作することが望ましいか、人類はそれを技術として手中で管理しきれるか、ということを考えることが大切だと思います。生命はすべて、ある面では対立関係にあっても、全体として協調、調和のあるサイクルの中に納まることで機能していると思います。新たに作る生命が、ヒトの進化の一部としてサイクルに含まれるか、または、サイクルの異端児としてサイクルを壊す、あるいは望まない形に変えてしまうのか。クローンは、性交によって生まれるのとは違う形で生まれるだけの生命と片付けるべきではないし、その生命の作り方が覆すであろう生命の意義をわたしたちはどう受け取るか、またどう受け取るべきか。生命とは何であるかという疑問に対する答えを私たちは常識としてはっきり持っているだろうか。それが確立されないうちは、生命と定義され得るものに対する行為は慎重にならざるを得ないと考えます。私は、試験的なクローン人間を作ることに反対します。       未熟な文章で申し訳ありません。


蓋を開けてみよう。2
投稿日 9月26日(木)03時28分 投稿者 ゴードン [] 削除

牛や、羊のクローンは、口を利けない のが、玉にキズ。 その点、人間は言葉を話せますので、 クローン人間の偏見や、誤解を取り除いてくれることだと思います。 彼は、クローン人間として、貴重なデータを提供してくれます。 なんか、冷徹みたいな、ことを言いますが。 彼のデータは、アポロ月着陸計画より、価値があります。 でも研究に協力するかしないかの権利はあります。


蓋を開けてみよう。
投稿日 9月21日(土)09時13分 投稿者 ゴードン [] 削除

クローン人間の問題は、実際にクローン人間 になった、人に聞いてみるしかない。 彼等が解答でありクローン人間の未来でもある。


暴走にブレーキをかけるのは…
投稿日 9月20日(金)21時30分 投稿者 雲中子 [] 削除

NNさん、はじめまして。 あなたの投稿を興味深く読みました。 確かにヒトクローンに関してはご指摘のような問題を考える必要があるでしょう。 特に人間の寿命の問題は私もよく考えます。 しかしながら私はNNさんが提唱されるような「価値観の統一」という大仰な方策を採らなくても解決されるだろうと考えています。 仮に人間を千年・万年と長生きさせるテクノロジーが開発されたとしても全人類がその恩恵に浴せるとはとても思えないからです。 それを活用できるのは先進国のごく一部の富裕層に限られるでしょう。 更にそれらの人々が長く生きるということはそれだけ少数の人々に富(資源)が集中することを必要とするでしょうから人類の貧富の差は益々大きくなり極めて少数の富裕層と大多数の貧困層という社会体制を余儀なくされるでしょう。 そんないびつな社会体制がいつまでも長続きしないのは歴史が証明していますよね。 いずれは大多数の貧困層による富裕層の打倒が起きるでしょう。 そして人々は何が問題だったのか(寿命延長テクノロジーこそそれだ!)を知るでしょう。 結局中世の王侯貴族が富を独占したのと同じ愚かな行為だったということになるだけでしょう。 (もっともそこまで行っちゃう前に方向転換が図られるでしょうけどね…) NNさんの考えは面白いのですがSFの範囲を出ないように思います。 結局この地球上で人類が活用できる資源が有限であるということが人間の知性の暴走に適度なブレーキをかけていくように思われます。


価値観の統一。
投稿日 9月20日(金)06時38分 投稿者 NN [] 削除

クローン技術が完成されれば有用だということは周知の事実だと思う。どのような形にせよ、クローンを望む人は多い。人以外のクローン技術は、技術の進歩として利用、普及してもおかしくないと思う。問題は人のクローニングをするのか、しないのか。そして、これが「して良いのか、悪いのか」でないことがポイントだと思う。あくまで、「するのか、しないのか」。技術の面では、人のクローン技術が実用的なレベルまで完成されるのは時間の問題だと思う。そして、需要もなくなることはない。例えば、拒絶反応のない移植用臓器、皮膚、手、足など。また、愛するわが子を失った夫婦が子供の再来を願う。不老不死。その程度がどうであれ、科学は人の欲望を満たすために発展してきた。誰もが(その定義は様々にしても)幸せを求めている。そしてそこに何の罪もない。がしかし、クローンなどのテクノロジーに対する議論が起こるべくして起こっているのは、付きまとう「責任」の度合いが増してきたからだと思う。かつては、「風邪をひいた、治したい、薬を作った、治る、成功。」そこで人一人を救う医学の技術に何の抵抗もない。ただし、現代のバイオ技術は私たちの生活に常に付きまとってきた、時間と生と死に手を加えるものになってきている。技術が進めば、不老不死も可能かもしれない。極論かもしれないが、例えば、脳のデータをコンピューターチップに移し、身体はクローン技術で再生し続けることもできる。事故で死んでしまった子供をそっくり作り出すことも可能だと思う。ひいては、生まれてくる子供の特徴をすべて決めることだってできるかもしれない。このような技術を利用することで利益を得る人はたくさんいると思う。しかし、われわれの欲求を満たす技術が超えてはならない線(責任を取れるか取れないかの境)が今やってきているのだと思う。それを皆直感的に感じることが、この論争の過熱を呼んでいると思う。まず、技術が果たさなければならない責任とはなにか。それは、「役に立つこと」だとおもう。これに異存のある人は少ないと思う。だが、ここでもうひとつ重要な条件を足すと、議論は一気に加速すると思う。私の考える、もうひとつの重要な条件は「人類に役に立つこと」。魚でも、鳥でも、犬でもなく、人類。そして、個人でなく、「類」に役に立つとうことが重要になると考える。私たちが日ごろ意識することがあるにしろ無いにしろ、「子孫繁栄」の欲望をなくしたとき、それはその種の最後を意味すると思う。未来を含め、人類の繁栄の「役に立つ」というのが技術のもつ責任ではないだろうか。そこで、このクローン技術を見ると、どうしても頭に浮かぶのが、「これは人類のためにあるのではなく、個人の短絡的欲望を満たすためにある要素が強いのではないか」ということだ。複雑な現代社会において、人の欲望も複雑になり、統制が取れない状況にあるとおもう。最大の統率を取るべき「種の繁栄」の欲求も影を薄めつつあると思う。もしくは、種の繁栄と個の繁栄が同一でない時代が来ているのかもしれない。そういった状況でこのクローン技術は非常に危険な汎用性のある技術だと思う。どの欲望のレベルにも利用され得る。規制なしに開放すれば、とんでもない混乱を巻き起こすことは明らかである。では、公の場で話し合って規制していこうとするとき、この多種多様な利用方をどの基準で分けるか。何を基準にするか。種としての無限遠の時点での繁栄を焦点に置くか、今現状として切羽詰った問題、要望を満たすことを優先するか。これは、話が終わらない。人の幸せの基準が分かれすぎてしまっているから。人はもう死ぬことさえ望めるようになっている。そして、多様な価値観を持った人すべてに同じ人権が与えられている。(近代的民主主義において、と限定されるが)それらの権利を持った価値観を縛ることのできる唯一のものが「公共の福祉、公序良俗」とか言われるもので、やはり、全体としての利益が判定基準になると思う。この点で、家畜などへのクローン技術の応用は認めやすいと思う。では、クローン技術は人の命を永らえさせるが、人は何歳まで生きれば公共の福祉に反しないのだろうか。一人10000000000000000年生きれば地球が埋まる。一人1年しか生きなければ世代を作ることができない。では、適正ラインは? これは非常に難しい問題だと思う。生きたいだけ生きて、足りないものは後で補えばよいというのは、責任の先延ばしで、クローニングはそれができる規模の技術ではないと思う。私が今感じるのは、今、人の寿命の定義が重要になっているのではないかということだ。また、それは「ヒト」の定義ということに発展すると思う。何がヒトなのか。命とは何か。足が一本義足なら、あなたは彼をヒトと呼ぶと思う。しかし、脳意外すべて機械なら?また、脳も機械なら? 生きながらえるのはヒトでなければならない。ここで注意しておきたいのが、私はヒトを重視し、ほかの生物をないがしろにしていいといっているのではない。倫理観に立って、ヒトの目から環境を見たとき、そこに確実に犠牲が生じる。犬はなでるが、ゴキブリは殺す。ゴキブリの繁栄のためにヒトは死ねない。命に優劣をつけることはむずかしい。 だが、わたしたちは犠牲の上に成り立たなければいけない。そこで、当たり前かもしれないが、私は倫理の基準を、ヒトの繁栄と考える。生態系の維持から見て、滅ぼしてよい種族などほとんどないため、「すべての命を大事にする。」と言っているに近いのだが、あるべくしてある犠牲を正当化するため、そのような倫理基準を置いた。話は戻って、ヒトはどう生きればヒトなのか。テクノロジーによってヒトから死がなくなるとして、それは受け入れられて良いものか。社会の維持から見て、無限にヒトが増え続けることは障害をきたす。では、〇〇歳になったら死んでくださいという法律はできるか。それは、〇〇歳を境にヒトでなくなるという基準を設けることになる。ヒトの生死、時間を操ることは、ものごとを根底から揺るがす。そして、クローン技術はその一端を握ると思う。クローン技術の権利、特許、ビジネス性、、、目の前のことに目を奪われず、時間をかけて本当に私たちが望む結末を見、技術をつかうのか、つかわないのか、見極めることが大切だと思う。また、この議論は政治形態、社会構造、様々なものが異なる世界のあらゆる集団を超えて、またビジネスの枠を超えて行われなければ意味をなくすと思う。 今の状況では統一された答えは出ないと思う。そして、仮の答えでやりとおすことは無理がある。この先、テクノロジーの進歩だけにとどまらず、いろいろな分野において「価値観の統一」が重要になると思う。悲観的に見てしまうと、価値観をまとめあげることなど不可能で、結局は駆け引きに帰結するとも言えるが、すでにヒトは村から世界に出てしまった。多様な価値観の距離を、いままでにヒトがなし得なかった、もっとも難しい方法で縮めていくことが、ヒトがもうすぐ迎えるであろう究極的な繁栄の壁を越える試練になると思う。


価値観の統一。
投稿日 9月20日(金)06時35分 投稿者 NN [] 削除

クローン技術が完成されれば有用だということは周知の事実だと思う。どのような形にせよ、クローンを望む人は多い。人以外のクローン技術は、技術の進歩として利用、普及してもおかしくないと思う。問題は人のクローニングをするのか、しないのか。そして、これが「して良いのか、悪いのか」でないことがポイントだと思う。あくまで、「するのか、しないのか」。技術の面では、人のクローン技術が実用的なレベルまで完成されるのは時間の問題だと思う。そして、需要もなくなることはない。例えば、拒絶反応のない移植用臓器、皮膚、手、足など。また、愛するわが子を失った夫婦が子供の再来を願う。不老不死。その程度がどうであれ、科学は人の欲望を満たすために発展してきた。誰もが(その定義は様々にしても)幸せを求めている。そしてそこに何の罪もない。がしかし、クローンなどのテクノロジーに対する議論が起こるべくして起こっているのは、付きまとう「責任」の度合いが増してきたからだと思う。かつては、「風邪をひいた、治したい、薬を作った、治る、成功。」そこで人一人を救う医学の技術に何の抵抗もない。ただし、現代のバイオ技術は私たちの生活に常に付きまとってきた、時間と生と死に手を加えるものになってきている。技術が進めば、不老不死も可能かもしれない。極論かもしれないが、例えば、脳のデータをコンピューターチップに移し、身体はクローン技術で再生し続けることもできる。事故で死んでしまった子供をそっくり作り出すことも可能だと思う。ひいては、生まれてくる子供の特徴をすべて決めることだってできるかもしれない。このような技術を利用することで利益を得る人はたくさんいると思う。しかし、われわれの欲求を満たす技術が超えてはならない線(責任を取れるか取れないかの境)が今やってきているのだと思う。それを皆直感的に感じることが、この論争の過熱を呼んでいると思う。まず、技術が果たさなければならない責任とはなにか。それは、「役に立つこと」だとおもう。これに異存のある人は少ないと思う。だが、ここでもうひとつ重要な条件を足すと、議論は一気に加速すると思う。私の考える、もうひとつの重要な条件は「人類に役に立つこと」。魚でも、鳥でも、犬でもなく、人類。そして、個人でなく、「類」に役に立つとうことが重要になると考える。私たちが日ごろ意識することがあるにしろ無いにしろ、「子孫繁栄」の欲望をなくしたとき、それはその種の最後を意味すると思う。未来を含め、人類の繁栄の「役に立つ」というのが技術のもつ責任ではないだろうか。そこで、このクローン技術を見ると、どうしても頭に浮かぶのが、「これは人類のためにあるのではなく、個人の短絡的欲望を満たすためにある要素が強いのではないか」ということだ。複雑な現代社会において、人の欲望も複雑になり、統制が取れない状況にあるとおもう。最大の統率を取るべき「種の繁栄」の欲求も影を薄めつつあると思う。もしくは、種の繁栄と個の繁栄が同一でない時代が来ているのかもしれない。そういった状況でこのクローン技術は非常に危険な汎用性のある技術だと思う。どの欲望のレベルにも利用され得る。規制なしに開放すれば、とんでもない混乱を巻き起こすことは明らかである。では、公の場で話し合って規制していこうとするとき、この多種多様な利用方をどの基準で分けるか。何を基準にするか。種としての無限遠の時点での繁栄を焦点に置くか、今現状として切羽詰った問題、要望を満たすことを優先するか。これは、話が終わらない。人の幸せの基準が分かれすぎてしまっているから。人はもう死ぬことさえ望めるようになっている。そして、多様な価値観を持った人すべてに同じ人権が与えられている。(近代的民主主義において、と限定されるが)それらの権利を持った価値観を縛ることのできる唯一のものが「公共の福祉、公序良俗」とか言われるもので、やはり、全体としての利益が判定基準になると思う。この点で、家畜などへのクローン技術の応用は認めやすいと思う。では、クローン技術は人の命を永らえさせるが、人は何歳まで生きれば公共の福祉に反しないのだろうか。一人10000000000000000年生きれば地球が埋まる。一人1年しか生きなければ世代を作ることができない。では、適正ラインは? これは非常に難しい問題だと思う。生きたいだけ生きて、足りないものは後で補えばよいというのは、責任の先延ばしで、クローニングはそれができる規模の技術ではないと思う。私が今感じるのは、今、人の寿命の定義が重要になっているのではないかということだ。また、それは「ヒト」の定義ということに発展すると思う。何がヒトなのか。命とは何か。足が一本義足なら、あなたは彼をヒトと呼ぶと思う。しかし、脳意外すべて機械なら?また、脳も機械なら? 生きながらえるのはヒトでなければならない。ここで注意しておきたいのが、私はヒトを重視し、ほかの生物をないがしろにしていいといっているのではない。倫理観に立って、ヒトの目から環境を見たとき、そこに確実に犠牲が生じる。犬はなでるが、ゴキブリは殺す。ゴキブリの繁栄のためにヒトは死ねない。命に優劣をつけることはむずかしい。 だが、わたしたちは犠牲の上に成り立たなければいけない。そこで、当たり前かもしれないが、私は倫理の基準を、ヒトの繁栄と考える。生態系の維持から見て、滅ぼしてよい種族などほとんどないため、「すべての命を大事にする。」と言っているに近いのだが、あるべくしてある犠牲を正当化するため、そのような倫理基準を置いた。話は戻って、ヒトはどう生きればヒトなのか。テクノロジーによってヒトから死がなくなるとして、それは受け入れられて良いものか。社会の維持から見て、無限にヒトが増え続けることは障害をきたす。では、〇〇歳になったら死んでくださいという法律はできるか。それは、〇〇歳を境にヒトでなくなるという基準を設けることになる。ヒトの生死、時間を操ることは、ものごとを根底から揺るがす。そして、クローン技術はその一端を握ると思う。クローン技術の権利、特許、ビジネス性、、、目の前のことに目を奪われず、時間をかけて本当に私たちが望む結末を見、技術をつかうのか、つかわないのか、見極めることが大切だと思う。また、この議論は政治形態、社会構造、様々なものが異なる世界のあらゆる集団を超えて、またビジネスの枠を超えて行われなければ意味をなくすと思う。 今の状況では統一された答えは出ないと思う。そして、仮の答えでやりとおすことは無理がある。この先、テクノロジーの進歩だけにとどまらず、いろいろな分野において「価値観の統一」が重要になると思う。悲観的に見てしまうと、価値観をまとめあげることなど不可能で、結局は駆け引きに帰結するとも言えるが、すでにヒトは村から世界に出てしまった。多様な価値観の距離を、いままでにヒトがなし得なかった、もっとも難しい方法で縮めていくことが、ヒトがもうすぐ迎えるであろう究極的な繁栄の壁を越える試練になると思う。


クローンという意味
投稿日 9月13日(金)18時45分 投稿者 ゴードン [] 削除

外形だけ、コピーして、体の形や、顔が 元の人に似ていて、その代わり、頭はカラッポの アホだったら、ちよっと、ひどいんじやないかな。 それは、自分とはいえない。


クローンという意味
投稿日 9月13日(金)18時45分 投稿者 ゴードン [] 削除

外形だけ、コピーして、体の形や、顔が 元の人に似ていて、その代わり、頭はカラッポの アホだったら、ちよっと、ひどいんじやないかな。 それは、自分とはいえない。


一番の悪用
投稿日 9月8日(日)22時25分 投稿者 雲中子 [] 削除

you3さん、はじめまして。 クローンの悪用については新聞でも書籍でも色々と論じられていますので各論についてここで改めて述べません。 最大の悪用は魚さんの投稿に象徴されることです。 すなわち「クローン人間を普通の人間として扱わないこと」です。 普通の人間に対して行っていけないことはクローン人間にもすべきでない。 このことを全ての人が確実に認識した上でないとヒト・クローンの実現はどんな悲劇を生むか知れません。 そして「普通の人間にやってはいけないこと」とは何か?については今の普通の社会生活の中から学ぶことができる筈です。


教えてください!
投稿日 9月5日(木)21時53分 投稿者 you3 [] 削除

ぼくはいまクローン技術について勉強をしているものなのですが、ひとつわからないことがあります。クローン技術というものは、どのようなかたちで悪用されてしまうことがあるのですか??


人体クローン
投稿日 9月2日(月)22時55分 投稿者 Tommy [] 削除

こんにちは、ゴードンさん。魚さんがその事を言っているのかは判りませんが、私の書いているヒトクローンとそれとは別に考えてください。あくまで私達と同じ様に思考と肉体を持つヒトのクローニングです。おっしゃるそれは、臓器のクローンの延長線上で倫理的にどこまでまとめて人体をクローニング出来るかということで、所謂ヒトクローンとは私は別に考えたいですね。言い方を変えれば人体クローンでしょうか。


あれのことでしよう。
投稿日 9月2日(月)06時49分 投稿者 ゴードン [] 削除

魚さん。あのこでしよう。首から上がない。 つまり、頭がない。移植用クローン人間のことだと思います。 頭がないから、人格がない。と言うことでしようかね。 これは、推進派からも強烈に反対されていますが。


ヒトクローンに用途はいりません
投稿日 9月2日(月)04時23分 投稿者 Tommy [] 削除

こんにちは、魚さん。ドナーとしてのヒトクローンの可能性ですが、確かに単に『欲』という言葉ではくくりきれないかもしれませんね。でも、人権を持つのであればドナーという目的を持たされて生み出されること自体、間違っていませんか。人の役に立つ立たないと言う以前に。いや、人の役に立つ立たないと言うことも必要ありません。人の役に立つべきなのはクローン技術であって、クローンで生まれる人ではありません。ドナーと言えば聞こえが良いですが、ちょっと斜に構えればパーツ取り用のスペア人間を作るとも言えてしまう訳です。これはもはやSFの小説や映画の世界です。現実には許されるべくもありません。もし将来クローンで人が生み出される事があるのなら、必要とされるべきはひとりの人間として一生を全うすると言う事だけです。あなたや私が産まれ育ったのと同じです。クローンで生まれる人に誰かの代わりだとか今までになかったことや出来なかったことを求めるのは間違いです。


クローンってこいうもの。
投稿日 8月31日(土)18時49分 投稿者 ゴードン [] 削除

雲中子さんの>クローンとは何かを正しく認識してもらうこと」に尽きるように思われます。そうですね。今の若い人なら理解できますが 年配の人たちには難しいです。 テレビの特集でも、何か薄気味の悪いような印象を持ってしまいます。 一例として、髪を染めるのが流行してますが、最初は反対 していた人も、あまりにも素敵に見えたので、自分も染めてみようかなと。 思った人も多いはずです。


最大の焦点
投稿日 8月31日(土)04時34分 投稿者 雲中子 [] 削除

魚さんの投稿を読んでゾッとしました。 まさしくクローン利用の最悪のシナリオの一つですよね。 私も含めて色々な人が「ヒトクローンも普通の人間である」と言っているのに魚さんのような人には全く理解してもらえないようですね。 「人格を無視している」などという生易しいレベルの話ではないですよね。 してみるとクローン技術の抱える問題の最大の焦点は「クローンとは何かを正しく認識してもらうこと」に尽きるように思われます。 全ての人がこれを正しく理解するまではヒトクローンの実用化は凍結すべきかも知れませんね。


クローン臓器
投稿日 8月29日(木)05時32分 投稿者 ゴードン [] 削除

自分も臓器移植用のクローン人間を作るには反対ですね。臓器だけ、クローンした方がいいですね。クローン細胞の培養が早くなればと思ってます。 クローンに応用出来るか知りませんが人工子宮まで研究されています。>http://coolstates.com/digitaleurope/ARS/2000/ars200003.htm あと、事故で手足とかない人には、朗報ですね。クローンは素晴らしい と思います。ただ、反対者がそのクローンした手足を反対だと 世論に訴えてきたら、彼らの幸せは遠のくのです。


ヒトクローンの用途
投稿日 8月29日(木)02時46分 投稿者 [] 削除

はじめまして。TOMMYさんはヒト人クローンは人の命を救うものではなく、人間の欲を満たすだけのものとかかれていますが、僕はそうではないと思います。例えば自分のクローンを作っておいて臓器移植に使うのです。これはドナーが見つからなくて苦しんでいる人にとって(それが体質的なものでない限り)、福音になると思います。ただしこれはクローン人間の人権を無視して成り立つの話なので、むずかしいとはおもいますが。結局人の役に立つかたたないかは使う人(の倫理観)次第なのでは?そう思います。


スキット・クローンの二重の罪
投稿日 8月27日(火)21時31分 投稿者 雲中子 [] 削除

Goriさん、 これはとても大切な問題なのでしつこいようですがもう一度確認の意味もこめて意見を言わせてもらいます。 私は「リペットは粗末に扱われ易いだろう」とか「リペットされた動物の身になってみるとかわいそう」とかいう次元でこれに反対しているのではないのです。 むしろGoriさんが挙げられたような例を心配しているのです。 「大火傷を負う前のスキットに会いたい」 一見素敵な話のように聞こえます。 しかしこれは二重の意味で恐ろしい問題を孕んでいるのですよ。 まず第一にリペットによってスキットの命が再生したように錯覚させてしまうこと。 これは前にも書きましたがクローンが別個体であるということの理解を妨げる弊害しか生みません。 ヒト・クローンであれば自ら別人格であることを主張することも出来るでしょうし育ち方によって別人であることが明確になるでしょう。 ところがペットとなると飼い主ですら別個体であることを明確に認識することは出来ないでしょう。 それが「再生した」という錯覚を生むのです。 第二の問題点は更に深刻かも知れません。 すなわち「スキットが火傷を負う前の状態に戻れる」という錯覚です。 時間は絶対に戻せません。 どんな悲惨な出来事であれどんな大きな失敗であれ起こってしまったことは取り消せないのです。 そうした過去の出来事全ての上にたって今の自分と自分の未来があるのです。 このことは人間が生きていく上でしっかりと肝に銘じなくてはならない極めて重要なことなのです。 それをリペットによって「やり直しが効く」などと思わせるのは最悪の教育効果です。 私がリペットを激しく批難するのはそれが人の「人生観」や「生命観」などを大きく狂わせるものだと思うからです。 特にペットとの濃厚な関係を築き易い子供の心を直撃する恐ろしい業なのです。 Goriさんやその周囲の方への直接の批判ととらないでいただきたいのですが科学者にはとかく学術的な興味が先行してしまうタイプの人が多いように思われます。 その結果として人間社会全体への興味が希薄になり易いのではないでしょうか? 科学者が「これは単なる学問上の興味のためではなく社会に役立つと思ってやった」と言う時の「社会」の見方があまりにも稚拙なので驚かされることが多々あります。 自分達の技術開発が薄っぺらいヒューマニズムへの貢献でしかなくその結果としてもっと恐ろしい病根を社会にばら撒いたことに気付いていない学者のなんと多いことか!  新技術を世に出すということは人の世の構造というものを真に理解した上でないと危険なこともあるということを是非是非考えてみて下さい。


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