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Title: Tutorial -島ぐるみ闘争-
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1. 島ぐるみ闘争について

島ぐるみの集会
島ぐるみの集会
Credit: Okinawa Prefectural Government

島ぐるみ闘争とは、沖縄在住軍用地に関する米軍の態度が明らかに理不尽だったため起こった闘争のこと。沖縄は島ぐるみで怒りの声を上げた。沖縄住民ほとんどの人が集まって抗議した。土地問題はすでに軍用地問題だけでなく 沖縄全人民の問題としてとらえられていた。これは過去10年間の米軍支配に対するまさしく「島ぐるみ」の総反撃であった。

2. プライス勧告

プライス調査団
プライス調査団
Credit: Okinawa Prefectural Government

沖縄県は、地代一括払いを食い止めるため米国と議論をし、調査団を派遣してもらうようにした。1955年10月プライス議員をはじめとする調査団が沖縄に到着。翌年には調査結果をまとめたいわゆる「プライス勧告」が発表された。しかしそれは、ここ(沖縄)では、わが国の原子兵器(核兵器)の貯蔵または使用権限に対し外国政府による制限はないなど、核まで含めた沖縄の自由使用、前進基地としての重要性を説き、軍用地代の一括払いの妥当性を確認するという言語道断なものだった。
1956年6月、当然ながら全沖縄住民は激怒。「土地四原則」すなわち「一括払い反対、適正補償請求。損害賠償請求。新規接収反対」の態度を決めるとともに総会を開き「プライス勧告を阻止するには全住民の一人一人が一括払いを拒否する固い決意を持ち領土権を死守する以外に途はない」という声明を発表した。

3. 島ぐるみ闘争の成果

県民大会
大田知事の意見陳述
Credit: Okinawa Prefectural Government

この島ぐるみ闘争は復帰思想に支えられた日本復帰運動としての側面もあった。それはあらゆる団体が「領土権死守」「国土防衛」をうたっていたことからもわかる。それも対外的な文書ばかりでなく、内部的な意思確認の決議の方針にも例外なく述べられているのだ。これは、「領土権死守」や「国土防衛」といった観念が、単なる戦術的配慮ではない事を物語っている。
一方、プライス勧告にもあるように「強烈な民族運動がない」はずの沖縄で島ぐるみ闘争が開始されたことは、アメリカ政府及び現地米民政府をおどろかせた。そして、米軍は当初の一括払い政策を撤回し、軍用地使用料を引き上げ、これによって闘争は一応の終止符を打った。

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