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Title: Tutorial -屈辱の日-
Contents: Left Right

1. 対日平和条約

1952年4月28日を沖縄では長らく「屈辱の日」と呼んでいた。 この日は日米間で「対日平和条約」が発効された日である。 この条約によって沖縄はアメリカに半永久的に支配されることが決定した。
沖縄戦で肉親を奪われ、戦後は土地を奪われた沖縄の人々はすべて、そう いう悲惨な状態を脱するには本土に復帰し、一体化する以外にないと痛切に願っていた。しかし、対日平和条約は、それまで米軍の占領下にあった本土の 独立と引き換えに、沖縄の軍事支配、つまり占領体制を法律化してし まったのだ。これは、沖縄の人にとって屈辱以外の何であるだろう。
さらに屈辱的なことは、この条約によって基地化が激しくなるのを見越した本土の土建会社が、条約調印の数ヶ月前から次々と沖縄に潜入したことである。長年にわたり沖縄を犠牲にしながらもなお、儲けの場 として踏みつける本土人の醜い姿であった。

2. 平和条約と沖縄

その翌年、同じように占領下にあった奄美諸島が本土に返還されたが、沖縄はそのままだった。それどころか、1954年1月アイゼンハワー米大統領は沖縄を「無期 限に保持する」という声明を発表した。
そのような状況下で朝鮮戦争によって再認識された沖縄の軍事的価値のため、沖縄では何事においても軍事政策が優先された。そして基地建設がすさまじい勢いで拡大していった。
しかし全てが米軍の意向で動き、沖縄の人々にはなす術もなかった。

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