1952年4月28日を沖縄では長らく「屈辱の日」と呼んでいた。 この日は日米間で「対日平和条約」が発効された日である。 この条約によって沖縄はアメリカに半永久的に支配されることが決定した。
沖縄戦で肉親を奪われ、戦後は土地を奪われた沖縄の人々はすべて、そう いう悲惨な状態を脱するには本土に復帰し、一体化する以外にないと痛切に願っていた。しかし、対日平和条約は、それまで米軍の占領下にあった本土の
独立と引き換えに、沖縄の軍事支配、つまり占領体制を法律化してし まったのだ。これは、沖縄の人にとって屈辱以外の何であるだろう。
さらに屈辱的なことは、この条約によって基地化が激しくなるのを見越した本土の土建会社が、条約調印の数ヶ月前から次々と沖縄に潜入したことである。長年にわたり沖縄を犠牲にしながらもなお、儲けの場
として踏みつける本土人の醜い姿であった。