ヴィオレタ チャモーロ


1990年から1996年までニカラグアの大統領であったヴィオレタ バリオスデ チャモーロは 1930年にニカラグアの南の方にあるリバスの町で生まれました。彼女は米国で教育をうけましたが ニカラグアで新聞記者として活躍していました。1950年にペドロ ホアキン チャモーロと結婚 しました。ペドロはのちLA PRENSA新聞会社の経営者となりました。ペドロは新聞を使ってそのこ ろの大統領であったソモサに対抗しようとしました。しかしそのため彼は何度も牢屋に投げ込まれいったん 国を離れなければなりませんでした。1957年にヴィオレタといったん国を離れ1960年にはまた 国に戻りましたがそれでも彼はいろいろな問題を抱えており1978年には殺人されました。 ヴィオレタは夫の意志を継ぎソモサへの反対好意を持ちつづけました。
ヴィオレタ チャモーロ
ヴィオレタ チャモーロが大統領の時期を終えた頃. コピーライト カーターセンター。許可を得て使用しています
ダニエル オルテガが大統領であったころ国は内戦などでいろいろな問題がありました。そのため再選挙 を願う国民の意思に答えました。サンディニスタ達はもちろんダニエルを彼らのリーダーとして選挙に 再参加しました。他にも14こ政党があり、サンディニスタの意見に反感を持つ国民達はとにかく オルテガを大統領にしないための目的でひとつの政党に彼らの意志を一票一票にかけてみました。 結果では見事ヴィオレタが勝利をおさめ1990年の大統領となりました。

彼女は経済的にとても悪かった国を引っ張りあげるために、いろいろなプロジェクトにとりかかりました。 国民一人あたりの収入を上げる(当時$400、13500%のインフレ)努力をした。彼女は軍の人数 を減らしたり前の大統領たちが悪化した法律などを直したり、民主的な考えで国を勇気づけた。 彼女のやり方で米国が気に入らない点がひとつありました。それはサンディニスタの政党である人達まで 政府で働くことを認めていたという点です。でもそれは彼女が大統領になって平和な国にたてなおすという 目標をなしとげています。

彼女はニカラグアの経済環境をたちなおしたとても重要な人物です。



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