事例研究

紹介

アミナ・モハメッド婦人は夫がスーパーから買ってきた食べ物の匂いで目が覚めた。それはまさに二日ぶりに見る食べ物だった。彼女は向かいのベッドで寝ている娘、ミチューをそっと揺すり、「起きて、お父さんが食べ物を持って帰ってきてくれたよ。」とエチオピア語で言った。だが娘はピクリともしない。アミナは娘がただ深い眠りに落ちているだけだと思い、「ほらミチュー、お腹が空いてるんでしょ。」と言いながら、今度はもう少し強く揺すってみた。しかしミチューはまだ動かない。怖くなり、アミナは自分のベッドから跳ね起き、娘の方へ駆け寄った。彼女は娘を初めは軽く、そして徐々に強く揺らしていった。娘がただ眠っているだけではないことを確信し、アミナの目から涙が溢れ出てきた。「お願いミチュー、私にこんな残酷なことをしないで。」言葉に詰まった。耳を娘の胸元に当てると、微かな鼓動が聞こえた。アミナは素早く娘を抱き上げ、走り出した。一番近い内科でも三マイルはある。だが彼女はあれこれ考えず、裸足で走り続けた。それから二時間、アミナは傷だらけの足も、石のように重い腕にも気づかず走った。彼女はやっとのことで内科に辿り着いた。「お願い、誰か助けて!」アミナは叫んだ。「お願い、お願い、娘を助けて…」

食糧危機についてもっと理解してもらうために、私達はアフリカ、エチオピアについての事例研究を行った。ご存知のように、アフリカは貧困な住民の多い大陸である。そこでは、2億1千万人が一日1ドル、4億人が一日2ドルで生活している。そして全体的にこの人数は徐々に上がっていくことが予測され、アフリカ大陸の存亡も危うい状況に置かれているのである。そこでは大勢の住民がパン一切れを買うのに収入の50%を使わなければならない。現在の食糧危機により食べ物の値段はかつてないほど高騰し、アフリカの住民達に過酷な日々を強いられている。そこで、私達はこれからエチオピア食糧危機の原因、影響、そしてどういった処置が行われているのかについて説明したいと思う。この事例研究により、食糧危機に苦しめられている国の人々が少しでも希望が持てるようになることを願ってやまない。

背景

アフリカ大陸で最もよく知られている国の一つ、エチオピアは東アフリカに置かれているソマリアの隣国である。この国の面積はテキサス州の二倍より少し小さい1,127,127 km2 だと記されている。エチオピアは人口8,250万であるが、このような人口からは、必然的に苦しみや負担が起きる。エチオピアのある場所では、食べ物の値段が500%も上がっている。毎日の生活費が1ドルや2ドルだけの国からしたら、このような状況を簡単に見過ごす事はできない。こういったインフレは先進国に対しても深刻な影響をもたらす。ましてやエチオピアはまだ発展途上の国である。

エチオピアの経済の50%が農業(GDP)、60%が輸出、そして80%の雇用率で成り立っている。10.01%の土地が耕作に適しているため、自然と農業が発展した。だが、最近では争いや気候の変化により、エチオピアの国内総生産が下がった。そのため、多くの国民の生活は今最低限の水準を大幅に下回っている

原因

2005年、グレニーグル・サミットで政府側が国民に約束と保障をした時、人々は希望が見えたと喜んだ。しかしそれからの3年間、約束はいったいどれくらい果たされたのか、私達は自分に問わなければならない。世界各地の政府は「オールトーク・ノーアクション(話し合うだけで動かない)」で、エチオピアの住民達はもうすでに忘れられ、果たされない約束に失望し、苦しんでいた。全世界が動かなければ、政府が治療をしなければ、そして約束を守らなければ、エチオピアはどん底に落ち、また立ち上がることは難しいだろう。結果が出ないため、すでに被害者が出ている事が明らかになった。政府側はこれ以上待つべきではないのだ。

エチオピアの政府はどのような援助もせず、逆に、国を傷つけることをしている。報告によると、エチオピアの政府は食糧提供を取り下げ、他国からの援助を一切断っている様子だ。強烈な反対にもかかわらず、国の状況は少しも変わらないようである。また別の報告では、政府側は本当に必要としている人々にではなく、軍隊に援助金を渡しているそうだ。こういう事があるから、住民達が必要以上に悲惨な目に遭わされている。それに加えて外国の政府の食糧配給政策が不十分なため、人々になかなか食糧が行き渡っていない。だからこそ、政府側は皆協力し合って、人々の苦しみを根絶しなければならない。

悪天候も確実に色々な地域に災難をもたらしている。降雨はとにかく不規則であって、エチオピアのような雨に頼っている国からすれば、食糧不足の大きな原因となる。この悪気候で最も被害を受けているのはソマリア地域のオガデンだ。そしてそこでは約100万人が食糧を必要としている。この地域では、三年間連続で春に雨不足があったため、農業をしている人々の生活が非常に苦しくなっている。

悪天候とは別に、土の品質も食糧減少に関係しているそうだ。一度は肥えていた土地も今やただの荒地に過ぎない。昔、住人にありとあらゆる食糧を提供していた土地はもう役に立たない土地へと変化してしまった。そして、旱ばつなどが起こった時、予想すらできない被害が出るだろう。耕作に適する土がなければ、エチオピアはもはや農業に頼って存続する事は不可能になるだろう。アフリカの国々の中で、エチオピアの受ける食糧援助は最も少ない。昔のように農家が国全体を支える事が出来なくなったため、そして土の品質が下がったため、エチオピアでの状況悪化は今でも続いている。そのためエチオピアでは今使える土を最大限に使う事が必須となっている。

エチオピアが所属する地域一体は感染病で悪名高い。2003年には、エチオピアだけで12万人余りがAIDSによる死亡、そして150万人余りがAIDSに感染したという報告が入っている。このような高い数字はエチオピアの人々の苦しみを訴えるものである。致命的な病気の免疫はまだ見つかっておらず、健康な人達の数が減って、家族を支えて行くのが困難になり、労働者の数が減ったため食糧も急激に減った。

影響

食糧の値段が一年も経たないうちに25%上がったことが判明した。食糧費は上がっていくばかりだが、食糧の量は徐々に減っている。450万以上の人が食糧を必要としている。1,000人のうち10人の子供が毎日亡くなり、毎日小さな棺が埋められていく。

農業に使われる肥料や化学物質も昔の倍の値段になっている。お金の足りない農家は徐々に食糧の量を減らして行き、今や食糧不足に国全体が悩まされている。このひどい経済状況に気づいていなかった農家は大きな損失を受けるだろう。今農家は生きて行くので精一杯という立場に置かれている。

エチオピアはコーヒー豆の輸出国でもある。しかし、食糧危機の影響で、輸出量が劇的に減った。エチオピアの輸出総収入は一年間で42%も落ち、コーヒー豆を作っている農家の生活が苦しくなった。しかし珈琲豆総収入の損失はただの一端にすぎない。40-45%の住人は毎日1ドル以下で生活しているから、コーヒー豆の輸出を最大限にしなければならない。

エチオピアでは、数百万人以上の五歳以下の子供達が栄養不足になっているため、一刻も早く援助をしなければならない。今ではもう既に12万6,000人の子供達が栄養不足のため治療を必要としている。そして飢餓に関係する病気がエチオピアの住人を毎日苦しめている。今両親が毎朝起きて目にするのは、飢えている自分の子供達の姿だけ。そして彼らが出来ることは、食糧危機の終わりが来ることをただ祈るだけだ。

終りに

エチオピアは1984の飢饉以来ひどい食糧危機に襲われ続けてきた国である。この国は政治上の問題や、旱ばつにより世界で最も貧乏な国であるといってもいい。このような問題を解決するには、国際的な援助を一刻も早く、多量に、そして効率よくしなければならない。食糧が時間通りに人々の手に届くのと一時間遅れで届くのとでは、1,000人の生死に影響する。この状況を軽視することは出来ない。皆今すぐエチオピアだけではなく、世界全体で行動を起こさなければならない。なぜなら、食糧危機はエチオピアの人だけが向き合っている問題ではなく、世界中の人々を苦しめている問題だからだ。

「ごめんなさい……出来ることは全て……栄養不足……よくある……」アミナは泣いているからもう医者の言葉が聞こえない。「ミチュー!」彼女の涙は次々と流れていく。立っていられなくなり、地面に跪いた。誰かが彼女を抱きあげようとしたが、強く押し返し、起き上がるのを拒んだ。「ミチュー!」アミナは叫び続けた。もう気力を無くしたアミナは崩れ落ちた。「ミチュ…」彼女は泣き続けた、「私の娘…」。